2018年9?11月にかけて、マザックが手がける工作機械の新シリーズがアメリカ・日本と相次いで発表された。新製品の名は『INTEGREX AG』。5軸複合加工機『INTEGREX』をベースに、複数の歯車加工機能と機上計測機能を融合させたハイブリッド複合加工機だ。最大の特徴は、高速かつ高精度なギアスカイビング加工が可能な点。加えて、専用機による工程分割が主流だった従来の歯車生産を1台の機械で完結できるとあって、その発表には多くの期待と注目が集まっていた。「自分たちの仕事がこうして形になるのは、とても感慨深いですね」。新製品発表の傍らで、時を同じくして、プロジェクトに携わったメンバーたちも大きな喜びと達成感に浸っていた。
プロジェクトの始動は2013年にまで遡る。事の発端は、顧客からの“導入済みの機械に歯車加工機能を搭載したい”という相談だった。その中のひとつが新製品の目玉機能であり、当時、次世代の歯車加工技術として期待を集めていたギアスカイビング加工。「当初は営業技術部(現アプリケーション部)の担当案件でした。通常、営業技術部でテストカットをおこなう場合、その多くは成功を前提としています。しかし、今回の案件は約2年にわたって挑戦しましたが、現行機のままではうまくいかず…。そこで新技術開発部(現ソリューション事業部)での機能開発対応へと移管することになったのです」と、当時の経緯について三品は振り返る。
三品とともにプロジェクトを引き継いだのは中堅エンジニアの山本だった。「どうしたらスカイビング加工がうまくいくのか?そのために必要な“加工方法および技術・機能の提案”が、我々に与えられたミッションでした」。当時、問題となっていたのは、加工時に歯面が粗くなるという現象。そのため、まずは原因を突き止めることから取り組んだ。 原因分析のために、時には型破りなアプローチも行った。「歯面が粗くなるのなら、もっと粗い歯面を目指そうと。そして、その逆のことをやれば綺麗な歯面になるのではないかと考えました」。テストのたびにデータを解析し、原因を突き止めた。上司(2人の上司である、岡田,堀部,山本博雅)の理解もあり、スカイビングの成功に向けて、いくつかの理論が正しいかどうかを調べるためのテストを徹底して行えた。
そしてプロジェクトを引き継いでから1年。ハードウェアの改造によって加工がうまくいくことが判明した。しかし、その喜びも束の間だった。三品は当時の苦労をこう振り返る。「小さな歯車は問題なかったのですが、加工の負荷に耐えるためには、大きな歯車を加工する場合はどうしても大型機械を使用する必要がありました」。求められていたのは、コンパクトな機械で顧客が希望する加工精度を満たすこと。「この難題を乗り越えるには、新しい力が必要だ」。そこで白羽の矢が立ったのが山﨑と佐野だった。
新たに4名体制となった2017年の夏、プロジェクトは佳境を迎えることになる。「実は9月にヨーロッパでの展示会を控えていました。お客様のニーズに応えることはもちろん、会社の方針としてもそのタイミングで新機能を発表する必要があったのです」と山本。残された時間はあとわずか。刻一刻と期限が迫る中、山本が実質的な旗振り役を担い、三品は他部署と協力し、スカイビング加工にとって重要な同期制御を高速回転でも行うための機能改良やプログラミングソフト開発に注力。
そして、加工不具合の原因特定に向けた実験と解析は、加工と5軸加工機のスペシャリストである山﨑と、振動および制御領域に知見を持つ佐野に託された。「テストを繰り返し、そこで起こるさまざまな現象から原因を探っていきました」と山﨑が話せば、「私は制御領域も視野に入れながら現象の解析にあたりました」と佐野も当時の様子を語る。それぞれ異なる領域からアプローチをかけ、一つひとつ可能性を探っていく。そして、制御系統に解決の糸口があることを突き止め、その改善に注力。ようやく希望の光が差し込んだ頃、展示会は直前にまで迫っていた。
「何度も試行錯誤を重ねる中、最後に役立ったのは気づきでした。ひょんなことからある部分を改善したところ、今までにないピカッと光る歯車ができたのです」と山﨑と佐野。その吉報は、役員を含む全世界中のマザックスタッフへと瞬く間に広がっていった。「よくやった!」。わずか4名で臨んだ仕事は、いつしか会社の期待を一心に背負うビッグプロジェクトへと姿を変えていた。
その後、さらに性能を高めるため、機械設計や制御担当、ソフト開発担当のNC部にも協力を依頼。加工方法に加え、機械や部品を改造・改良してテストもおこなった。
迎えた2018年9月。展示会には多くの来場者が訪れていた。三品いわく「歯車=専用機で加工するものという認識の中、マザックの汎用機で前加工から計測まで完結できることに“未来を感じる”と評価してくださった方もいました」。4人が心血を注いで開発した機能に対する反応は上々だった。それは社内でも同様だった。本来は“歯車を加工するための機能開発”として始まったプロジェクトが、気づけば『INTEGREX AG』として製品化するまでの規模に発展。文字通り、冒頭の新製品発表の日を迎えたのである。「マザックは汎用機メーカーのリーディングカンパニーでありながら、専用機の領域においても高いスペックを確立しました。その両方を踏襲した『INTEGREX AG』は事実上、唯一無二の存在だと自負しています」と山本は胸を張る。その言葉を裏付けるように、日本を代表する工作機械見本市「JIMTOF2018」でも同様のスペックを誇る機械は出展されなかったという。
さらに、2019年1月には、日刊工業新聞社から「2018年十大新製品賞の本賞を受賞した」と発表があった。
もちろん現状に満足するマザックではない。山本いわく、『INTEGREX AG』はまだ多くの可能性を秘めているとのこと。「スカイビング加工に注目が集まっていますが、実は私たちが開発するまでは、歯車の機上計測機能を搭載した仕組みの汎用機自体が存在しなかったのです」。今後はその“計測”をテーマに、さらなる改良・進化も可能だという。その視線は、すでに未来を見据えている。マザックの挑戦は、まだ終わらない。